いったい彼女は何を考えているのだろうか?
目の前でカチャカチャとナイフとフォークを優雅に操り、
まったく気にも留めずに小さめのステーキを口に運ぶ彼女を見ていました。
俺を営業するメリットなんてあるか?
彼女の狙いは何だ?
考えても考えても答えは出ません。
指名客が減っているようにも見えないし、
私が金持ちに見えないのは自明の理です。
なのに突然彼女は私をこうしてアフターに誘ってきました。
正直、今回は狙って何かをしたわけではないので、
彼女の行動は不可解なのです。
そんなことをずっと考えていたら突然、
「芦屋くんってさ」
と声を掛けられました。
「おもしろいよね(笑)」
かんっぜんにからかってやがる!!
「キミの方が面白いよ」
とりあえず反撃に出てみる。
「彼女いるの?」
はあっ!?
なんでこのタイミングでいきなりこの質問が飛び出てくるんだ?
もちろんこれは私に彼女がいるのかどうか気にしているのではありません。
キャバ嬢が『彼女いるの?』と質問するのは、
聞かれたら男は「こいつは俺に気があるのか!?」と思えますし、
ノーと言えば「きみに気がある」と告げているのと同等に見られる可能性もあり、
さらにそこから先の話は勝手に男がくっちゃべってくれるから助かるのです。
また恋愛話なら頭を使わなくていいのでキャバ嬢としても楽ですしね。
なので私は、
「2人いるよ」
と答えました。
3と8はウソつきがよく使う数字、
4はちょっと嘘臭い、
だからリアリティを出すために2を選びました。
「やっぱり面白い(笑)」
信じてねーな。
「そっちは?何人男いるの?」
普通、キャバ嬢には禁止のワードです。
色恋で営業するのですから原則的には「いない」と答えなくてはいけませんし、
真実が語られることは100%なく、
毎日何回もされる質問なのでこれを聞くとマイナス評価になるのです。
しかし私はあえて聞いてみました。
今まで想定通りにいかなかった彼女がどんな答え方を選ぶのか?
それが気になったからです。
「何人だったらいい?」
質問に質問で返すなよ・・・。
さすがに「いない」と返すとは思っていないが、
意外と堅実な答えを選んだことに驚きました。
完全にこちらの後手です。
「4人までかな」
『いたらいるだけいい』と答えるのと迷いましたが、
ここでもあえてリアリティのある数字を選びました。
「どうして?」
始めて彼女が私の問いに反応しました。
選択肢としては間違ってなかったようです。
「それ以上になると管理が大変になるからさ」
「経験者は語るってやつ?笑」
小さいが反応は得られました。
どうやらこの話題は興味がないわけじゃなさそうです。
「何人いたら満足?」
この話題をしばし突っついてみることにしました。
「一人で充分でしょ?笑」
今度は普通の答えが返ってきた。
「嘘だね」
彼女の眼が一瞬左に動く。
ちょっとびっくりしたようです。
「今の彼氏に満足してないんでしょ。っていうか納得できる彼氏が一人もいないんじゃない?」
いろんな解釈の仕方があるように聞いてみました。
そうすると相手は自分の事実に基づいて解釈するからです。
「彼氏なんていないよ(笑)」
なるほど。
彼女の特徴がわかってきました。
危険を察するとセオリーに戻るようです。
「じゃあどんな彼氏が欲しい?」
「男らしい人かな。あと面白い人」
彼女のガードが固くなっていくのが見て取れます。
私に対して『面白い人』と評価し、
それを好きなタイプだという。
完全にキャバ嬢の鉄板トークです。
そうすれば客は勘違いする。
「好きになってから落としに掛かる?それとも言い寄られたら好きになる?」
「流れで付き合うことが多いかな。」
ふむ。
だんだん分かってきました。
「小学校の頃さ、どんな子が好きだった?」
ここから私のいつものアフタートークに入っていきました。
ノスタルジー効果を狙ったもので、
彼女の中で『間違った選択肢を選んだ』と思っている箇所を訂正し、
もし違う道を選んでいたらという話をします。
そして違う道を選んだ時に、
出会うべき男が自分のような人間だと誘導していきました。
でももう戻れない。
ふと現実に帰る瞬間がやってきます。
その時に描くは今度は未来の訂正です。
過去を踏まえて乗り越えた先の未来を想像させるのです。
その未来は過去の後悔がなかったら辿り着けない場所だと。
彼女はこの話を楽しんでいたようでした。
「じゃあ帰るか」
相手の返事を待たずに席を立ちました。
彼女の挙動が遅れます。
多分、この短い時間で男の方から立たれた経験がないのでしょう。
いつもは男は長く時間を引き延ばそうとし、
つまらなければ自分の方から切り上げる。
ベタだけどとても効果的な方法です。
私は真っ直ぐ歩き、大通りに出てタクシーを止めます。
「じゃあ気を付けて帰りな」
多分、彼女は飲み足りていないはずです。
ネットの情報やヘルプの女の子達から聞く限り、
この娘は結構遅くまで飲み歩いているらしいので。
彼女自身のSNSでも結構いろんなお店で飲んでる写真を上げていますしね。
もちろん嘘の情報の方が多いと思うけど、
こちらの質問の答え方を見るに結構信憑性はありそうでした。
多分彼女は複数人彼氏がいて、
その中には彼女自身の遊びやステータスの為、
そして借りがあってやむを得ない状況の相手もいそうでした。
なのであえて欲求不満の状態で家に帰す。
通常、キャバ嬢は家に帰ればラブラブな彼氏がいるので、
現実に戻さずにこちらにいる方が楽しいと思わせた方がいいのですが、
今回は逆です。
思う存分想像の世界を拡げたので、
そこから一気に現実に戻させようと考えました。
「芦屋くんはどうするの?」
一瞬、「まだ飲み歩くけど来ないか?」って言いそうになりましたが、
それは止めておこうと判断しました。
「2番目の彼女のところに行くよ(笑)」
以前の会話を利用してボケる。
「モテモテね(笑)」
「まあな(笑)」
「じゃあまた今度ね」
「ああ」
ハイタッチから手を絡める。
「後でLINEするから」
「明日でいいよ」
「彼女に見られるから?笑」
「そう。修羅場になっちゃう(笑)」
「わかった。じゃあ明日ね。」
「うん、気を付けて。おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言いながら彼女は私の頬に軽くチュッとしていきました。
「オウッ!!」
外国人のようなリアクションをとった私を笑いながら、
彼女はタクシーに乗り、手を振って走り去っていきました。
う~ん、困った。
思った以上に進展したな。
本当は今日で止める予定だったのだが・・・。
まあもちろん彼女にとってはこの程度日常茶飯事なのかも知れないが、
それを確かめたいという気持ちもあります。
もしかしたらこれも罠かも知れない。
なんせ相手はナンバークラス。
これくらいの色恋は仕掛けてくるだろう。
果たして自分はドツボにハマったのか、
それとも上手く事を運べているのか。
もうちょい様子を見て決めようと思います。
to be continued…?