「『送迎車乗るの?』だって。」

 

時刻は深夜3時。

客の少なくなったダイニングバーで、

まるで他人事のように呟く彼女に私は返した

 

「どうすんの?」

「どうしよっか・・・。」

 

彼女の視線が上がって目が合った瞬間、

私は身を乗り出しそうになったが、少しの間逡巡して、

「・・・帰ろうか。」

と提案した。

 

 

どうも、こんにちは。

芦屋です。

 

先週、初めて付いたキャバ嬢とアフターをして、

即日お持ち帰り出来るだろうな、と感じたけれども自ら放棄しました。

 

正直ビビッてしまった、というのが本当のところなのかも知れません。

 

もし、よくイメージされるような・・・

そして本当によくいるような、

『性に対してオープン』な娘だったら間違いなくホテルに行っていたと思います。

 

ひとくくりにキャバ嬢といってもいろんなタイプの娘がいて、

多くの娘は『自分のオンナ』ってものを売りにしているわけですから、

付き合うか付き合わないか、ヤるかヤらないかの駆け引きで仕事をしているので、

そこまで客と夜を共にしても気にする娘はいないんですね。

 

けれど今回の娘はちょっと違いました。

 

グイグイ指名を望んできたり、

ドリンクをせがんだりとかはせず、

とにかく流れに身を任せる感じでした。

 

手渡された名刺を見たら、

お世辞にも上手とは言えない手書き文字で、

下の名前だけ書いてありました。

 

間違いなく新人です。

話を聞いてみると先週に入ったばかりとのこと。

 

化粧も『普段よりも頑張って濃くした』という慣れていない感が伝わり、

衣装もいかにも借りてきた、というくらいミスマッチを感じました。

 

(初めての水商売か・・・)

 

そんなことを思いながら会話を続けていました。

 

こういった娘はいじりやすいのが特徴で、

ツッコませていれば、楽しく感じてくれる傾向があります。

 

例えば、

「私、ペット飼いたいんですよね~」

と言われたら、

「バッタとか?」

とあからさまなジョークを飛ばす。

 

「この前成人式だったんですけど~」

「20年くらい前?」

 

「うち、結構兄弟多いんですけど~」

「何十人いるの?」

 

とにかく

「何でですかっ!?」

と言わせるようにすれば、

自然とボディタッチが多くなってきます。

 

そうこう繰り返しているうちに、

ボーイさんに呼ばれました。

 

「あ、呼ばれちゃいましたね。」

「そうだね。」

「このお店には結構来るんですか?」

「うん、もう2年くらい経つのかな・・・。」

「誰も指名しないんですか?」

「あまりしないね。別にこだわっているわけじゃないんだけど。」

「そうなんですね・・・。」

 

ここで少し間が空きました。

 

「あの~・・・」

「ん?」

「じゃあ私なんか場内(指名)して貰えたりしませんよね・・・?」

 

控えめなのか大胆なのか分からないオファーを投げかけられた瞬間、

こんな言われ方初めてだなと思ったので、

「プッ!」と吹き出してしまい、

「いいよ、ここにいなよ。」

と承諾することにしました。

 

「本当ですかっ!?ちょっと伝えてきます!」

と、その場でボーイを呼べばいいのに、

わざわざ自ら駆け出す彼女を見て微笑ましくなりました。

 

席に戻ってからはまたずっと彼女をいじったり、

逆に自虐に走ったりして時間を過ごしていきました。

 

 

間もなく閉店という時間・・・。

 

別にアフターを考えていたわけじゃないんだけど、

何度目かの「ピザ食べたい!」の発言に、

「じゃあ帰りピザ食べに行く?」

と提案したらあっさり食いついたのでアフターが成立しました。

 

何度か行ったことのあるダイニングバーに入り、

彼女はビールを、私はウイスキーを飲みながら、

ピザとフライドポテトをつまんでいました。

 

家の場所を聞いたらそこまで遠くないので、

タクシーで充分負担なく帰れる距離です。

 

時間も忘れて話し込んでいると、

彼女のケータイが鳴り、

直感的に「心配した彼氏か?」とも思いましたが、

店側のスタッフのようでした。

 

「『送迎車乗るの?』だって。」

 

(普通は、「あ、迎え来ちゃった」って言うよな・・・)

 

「どうすんの?」

「どうしよっか・・・。」

 

この後の行動を彼女は私に求めている。

もしここで「もう少し一緒にいようよ」と行ったのなら、

彼女は首を縦に振ると確信していた。

 

けれど、今日彼女を抱いたのなら、

これから先、暫くは彼女を指名することになる。

 

金に余裕があるわけではないので、

そういった場合、他の店舗には行けなくなるし、

当然彼女の店でも他の娘に付いて貰うことはできないだろう。

 

他の性にオープンな娘だったり、何年もキャバ嬢をやっている娘なら、

「あの客、ちょームカつく!ヤリ逃げかよ!」

と言われるだけで済むのだが、

この娘にそれをやると、心の底から落ち込みそうだった。

下手したら人間不信になるかも知れない。

 

それくらい夜の世界に染まれていない娘だった。

 

だから私は自分から、

「・・・帰ろうか。」

と提案した。

 

 

帰り道、送迎車が来る場所の近くまで送っていった時、

何故か歩きながら彼女の胸が何度も当たりました。

 

普通、横に並んだのなら当たるはずがありません。

やや私の後ろで重なるように歩かないと当たらないのです。

 

(腕でも組みたかったのかな・・・?)

 

そんな都合の良い妄想をしながら、

彼女を待機場所まで送って私はタクシーに乗り込みました。

 

 

次の日、朝目が覚めるとケータイのLEDがチカチカ点滅していました。

 

「ああ・・・鳴ったの気付かなかった・・・」

 

しゃがれた声で呟きながらケータイを開くと、

彼女からメールが入っていました。

 

「芦屋さん、昨日はとても楽しかったです!ありがとうございました!」

 

ふんふん・・・

 

「私、来週の土曜日休みなんですよ~」

 

ん?

別に昨日は土曜日じゃないし、

土曜に行く約束もしてないよな・・・。

 

てことは・・・?

 

・・・マジか。